碓氷峠へ
この日は、群馬県安中市の横川まで行き、EF55-1号機の撮影、碓氷峠鉄道文化むらの見物、横川駅からめがね橋(碓氷第三橋梁)までのウォーキングなどに行きました。
ルート 目白〜池袋〜高崎〜横川…碓氷峠鉄道文化むら…旧丸山変電所跡…峠の湯…碓氷湖…めがね橋(碓氷第三橋梁)…峠の湯…横川〜高崎〜桐生〜小山〜大宮〜武蔵浦和〜池袋〜目白
まずは池袋から湘南新宿ラインで高崎まで行き、高崎で115系による信越本線(高崎〜横川間)の普通列車に乗り換えてから横川に行きました。
横川では、EF55-1号機牽引による快速EF55碓氷号(ムーミンことEF55-1号機+青い12系客車+DD51-842号機)を撮影しました。
この日は長野新幹線が車両トラブルにより運休となっていたので横川〜軽井沢間のバスが混雑していました。
この後は横川駅前のおぎのやで峠の釜めしを食べてから、碓氷峠鉄道文化むらに行きました。最初は碓氷峠鉄道文化むらを素通りする予定だったけど、奥にある189系の旧あさま号が綺麗になっていたのでそれを撮影したかったので急遽入りました。
あの後は、アプトの道という廃線跡を歩いてめがね橋(碓氷第三橋梁)まで行きました。
以前峠の湯まで歩いて行ったことがあるけど、峠の湯よりも先の区間(アプト式の旧線の跡)を歩いたのは今回が初めてでした。
途中5箇所のトンネルを通ったので、昨年10月1日に山梨県の大日影トンネル遊歩道(勝沼ぶどう郷駅付近)に行った時を思い出しました。
その途中にある碓氷湖も見ることが出来て良かったです。
めがね橋では、渡ることや撮影をして過ごしました。めがね橋からは碓氷新線の鉄橋跡も見ることが出来たし。
あの後は峠の湯の温泉浴場に入ったけど、寒い日なので温まろうということで賑わっていました。
横川駅に戻った後、107系で高崎まで行き、高崎線では無く、両毛線の211系による桐生行きで桐生へ。
桐生からは107系で小山まで行き、E231系による快速ラビットに乗り換えたけど、浦和駅での車両点検により大宮〜土呂間で止まってしまいました。
当初は赤羽で乗り換えるはずだった。
大宮からは埼京線の各駅停車で武蔵浦和、快速で池袋まで行き、山手線に乗り換えて帰りました。
埼京線では、武蔵浦和まで205系ハエ4編成、武蔵浦和からハエ5編成の快速に乗ったので連番での乗り継ぎとなりました。
EF55の撮影のほか、念願だっためがね橋までのアプトの道を制覇することが出来て良かったです。
碓氷峠の廃線跡の遊歩道であるアプトの道。峠の湯までは下り線跡がトロッコ列車用の線路、上り線跡が遊歩道となっている。
アプト式区間の跡は単純な遊歩道となっているし。
この日は長野新幹線のほか、山形新幹線や秋田新幹線のダイヤも乱れていました。
碓氷峠鉄道文化むらの奥に保存されている旧あさま色の189系は、塗り直された姿(あさまのマーク入り)で展示されていました。
こちらは廃車後、9両丸ごと旧丸山変電所跡付近→横川駅構内で静態保存されていたけど、野ざらしによりボロボロに傷んでいたので、上野寄りの2両を除いて解体され、解体を免れた2両が国鉄色のクハ189-506号車(休憩用車両)とは別に碓氷峠鉄道文化むらの奥のEF63型機の横で保存されるようになった。
前回(昨年9月2日)に行った時はボロボロに傷んでいた。
このように修復されたことは嬉しいことである。
107系は、165系急行型電車の台車、主電動機、冷房装置などが流用されています。車体は105系や119系に準じているけど。
この日(12月28日)は、元美勇伝の唯やんこと岡田唯ちゃんの21回目の、しゅごキャラエッグ!のゆうかりんこと前田憂佳ちゃんの14回目の誕生日でした。おめでとうございます。
あの遊歩道は木村裕子さんと歩いたら面白いと思います。
本当はさゆと歩きたいです。
では、バイバーイピンク、キャハ、キャハ、キャハ