懐かしの名鉄岐阜市内線、揖斐線

廃止直前の2005(H17)年3月19日に新岐阜駅前で名鉄市内線、揖斐線のモ780形785号車を撮影していました。あの時は、徹明町→黒野新岐阜駅前間で785号車に乗ったけど、名鉄岐阜市内線系統で最初で最後の乗車となってしまいました。

名鉄在籍当時は、重連運転も行われていた為に連結器があったけど、豊橋鉄道市内線に移ってからは連結器が撤去されていました。

乗降中の表示はそのまま使われている。

名鉄揖斐線(忠節〜黒野間)は、名鉄の600V線区で唯一鉄道事業法による路線だった。

これらの路線が一斉に廃止されてしまったことで残念に思っています。今では路面電車が環境に優しい乗り物として見直されていた矢先だったので。その復活運動も実現しなかったことも惜しまれます。

2001(H13)年9月30日まではさらに黒野駅から本揖斐まで出ていたけど、谷汲線(黒野〜谷汲間全線)、八百津線(明智〜八百津間全線)、竹鼻線の江吉良〜大須間、名鉄羽島線の影に隠れたローカル区間)と同時に廃止されていた。

1988(S63)年5月31日には岐阜市内線(長良線)の徹明町〜長良北町間、1999(H11)年3月31日には、美濃町線の新関〜美濃間(長良川鉄道との競合区間)が廃止されていたし。

美濃駅跡では、駅舎や車両(モ512号車、モ601号車、モ593号車と、モ876号車の前頭部)がそれぞれ保存されている。

名鉄揖斐線では、全てが岐阜市内線直通で、急行運転も行われていた。

新岐阜駅前電停は、廃止される2ヶ月前の2005(H17)年1月29日に新岐阜駅名鉄岐阜駅に改称された後もそのままとなっていた。2003(H15)年12月に休止されるまではJRの岐阜駅前にも乗り入れていた。こちらにはほとんど乗り入れておらず、新岐阜駅前で折り返されることが多かった。

黒野駅は、2001(H13)年9月30日に揖斐線黒野〜本揖斐間並びに谷汲線黒野〜谷汲間全線が廃止されるまでの間、双方への乗り換え駅として機能していた。

これらの路線ではモ750形が活躍していたけど、廃止後、モ755号車が谷汲駅跡で保存されている。

以後、完全に廃止されるまで、黒野駅が終着駅となっていた。

やはり路面電車の廃止は惜しいです。 岐阜市内線の廃止は、モータリゼーションの影響もあります。

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さゆに会いたい!真野ちゃんに会いたい!

では、バイバーイピンク、キャハ、キャハ、キャハ