THE ポッシボーのイベント、早81系統

この日は、渋谷のビクター本社で行われたTHE ポッシボーの「乙女! Be Ambitious!ヒット感謝祭」に行ってきました。

まずは、大塚駅前まで行き、元祖黄色い都電の7022号車や、ピーポくんヘッドマーク付きの8503号車(めろ電、まみたん)、8810号車(黄色いあや電、りなちょ、きなりん)、都営バスを撮影していました。この時に見た都営バスには、アトレヴィのラッピングである大塚支所所属の都02系統(大塚駅前〜錦糸町駅北口間)のG-P453(練馬200か15-85)号車の日産ディーゼル(現、UDトラックス)スペースランナーRA(PKG-RA274KAN)も含まれていました。こちらは、都電16系統から転換された路線で、現在も高頻度で運転されています。

この後、山手線で渋谷まで移動したけど、東急東横線の渋谷駅跡では、撤去工事が行われていました。渋谷駅東口のバスターミナルでは、田70系統(渋谷駅東口〜田町駅前間)のナックルカラーのB-M128(品川200か17-94)号車のいすゞエルガ(PJ-LV234L1)を見ることが出来ました。こちらは前日の晴海埠頭でのイベントで展示されていた車両でありました。

渋谷のビクター本社で行われたTHE ポッシボーの「乙女! Be Ambitious!ヒット感謝祭」では、アコースティックライブや無料握手会が行われていました。この時にごとぅーこと後藤夕貴氏からは見えてたと言われました。THE ポッシボーの現場に行ったのは、横浜BLITZでのワンマンライブの時以来でした。

この日は、ハーモニーホール座間で行われていたモーニング娘。のツアーの夜の部を申し込んでいたけど、あいにく落選した為に、THE ポッシボーの「乙女! Be Ambitious!ヒット感謝祭」に参戦出来たのであります。

渋谷駅東口から早大正門(早稲田大学の前)まで、都営バスの早81系統に乗りました。

この時に乗ったバスは、新宿支所所属のC-W461(練馬200か25-87)号車の三菱ふそうエアロスター(LKG-MP37FKF)で、前日の21日に東京駅八重洲口から晴海埠頭まで乗ったS-V341号車と同型であります。

W番台ということで、2011(H23)年度に導入された車両で、2010(H22)年度の下期に続いて三菱ふそうエアロスターが一括導入されていました。

昨年度のX代車がエルガハイブリッドを含めたいすゞ車で、今年度のY代車が三菱ふそうエアロスター(安全装備が強化されたQKG-MP37FKF型)となっているので、2004(H16)年度のM代車から、営業所毎の分散発注から、会計年度毎の一括発注に切り替わっていることが分かります。

都営バスの大規模な車両整備(鉄道で言う重要部検査や全般検査)が深川自動車営業所に隣接する車両工場で行われている関係で4メーカー(3メーカー)揃っています。
三菱ふそうエアロスターの現在のモデルは、1996(H8)年に登場したもので、改良を重ねながら製造されているけど、2010(H22)年に導入されたモデルから、5速マニュアル(MT)車が廃止されて6速オートマチック(AT)車に統一されています。

先代のエアロスターは、三菱自動車名古屋製作所(大江工場)製と新呉羽自動車工業→三菱自動車バス製造(現、三菱ふそうバス製造、MBM)製に分かれていたけど、2代目エアロスターからは、三菱ふそうバス製造製に1本化されています。

新呉羽自動車時代の独特な車体は、今から10年前まで都営バスの早稲田営業所や渋谷営業所にあったことを覚えています。

三菱ふそうバス製造(MBM)は、富山県富山市にあり、三菱ふそうの全てのバスが製造されています。

三菱ふそうのマイクロバスであるローザは、2010(H22)年まで前述の大江工場で生産されていました。

新型のエアロスターは、尿素SCRシステム(BlueTec)が搭載されているのが特徴で、三菱ふそう車の場合は、後部にBlueTecのロゴがあります。

早81系統は、早大正門(早稲田大学前)から東京女子医大、四谷三丁目、千駄ヶ谷駅原宿駅を経由して渋谷駅まで行く循環扱いの路線で、2009(H21)年3月まで、小滝橋自動車営業所の担当となっていました。小滝橋時代には、高田馬場駅と九段下を結ぶ高71系統(東京駅北口への便が出ていた頃は東71系統)と同様に、中型車(いすゞジャーニーK、八王子支所で活躍していた車両も含まれていた)による限定運用が行われていたことがありました。

2009(H21)年4月1日には、新宿支所担当となり、運行業務が、はとバスに移管されていました。

新宿駅西口と都庁を循環するC・H01系統が入れ替わりに小滝橋に移管されたのはその影響もあります。

小滝橋車庫〜高田馬場駅経由〜早大正門間の早81出入系統が移管後も残されているけど、小滝橋車庫と新宿車庫の間の回送が山手通り経由で行われています。

同時期には、渋88系統(渋谷駅東口〜南青山六丁目、神谷町駅回り〜新橋駅間)が品川営業所から移管されていたけど、出入り庫運用として、平日と土曜には、新宿車庫 6時29分(土曜日は6時27分)発渋谷駅西口行き、平日には、渋谷駅東口 21時52分発新宿車庫行き、どちらも、池86系統と宿75出入系統を組み合わせた路線が運転されています。

早大正門へのバスは、高田馬場駅前から学02系統(小滝橋営業所所属)が頻繁に運転されているのに対し、早81系統は、1時間に1〜2本程度と少なくなっています。

早81系統の原宿駅〜渋谷駅東口間は、原宿駅を出た後、山手線の西側を走り、国立代々木競技場、渋谷区役所、公園通り(休日の場合は、国立代々木競技場付近で右折せずに直進し、神南一丁目から池86系統と同じルート)を通って渋谷駅西口を通り、山手線のガードをくぐって明治通り上にある渋谷駅東口バス停へ、ここから表参道(明治神宮前)まで池86系統と同じルートを通り、原宿駅まで戻ることになっています。

当時千駄ヶ谷駅付近では、来年改築の為に閉鎖される国立競技場で嵐(ジャニーズ系の人気グループ)のコンサートであるアラフェスが行われていたことで賑わっていました。

1997(H9)年までは、東京女子医大東京女子医科大学)付近(東京女子医大病院側)に、フジテレビの河田町スタジオがあったことで有名であり、現在その跡地はマンションとなっています。そのうちのフジテレビ第一別館は、2009(H21)年まで新宿支局として残されていました。

その最寄り駅である若松河田駅は、フジテレビがお台場に移転された後に開業していたので、専ら都営新宿線曙橋駅がフジテレビ前とアナウンスされていました。

現在のフジテレビ前は、りんかい線東京テレポート駅で、踊る大捜査線発車メロディーが使われていることが有名であります。

若松町からは夏目坂通り(喜久井町)を通り早大正門に到着していました。

都営バスの新宿支所は、初台交差点・東京オペラシティ付近のNTTビルの横にあり、早81,渋88系統のほか、新宿駅西口と東京女子医大を結ぶ宿74系統と宿75系統も受け持っています。

宿74,75系統は、新宿駅西口では小田急ハルク(ビックカメラ)前の36番乗り場(小田急グループの35番乗り場に隣接)発着であるけど、宿74系統は国立国際医療研究センター経由、宿75系統は抜弁天経由と異なっており、宿75系統の一部は、東京女子医大より先の三宅坂まで運転されています。

新宿駅西口〜新宿車庫間の出入庫運用のルートも、宿74系統は中央公園経由(27番乗り場、明治安田生命ビル前から発着)、宿75系統は西参道経由(22番乗り場、京王百貨店本店前から発着)と異なっているけど、西参道経由のルートは、2000(H12)年12月の都営大江戸線の全線開業によって廃止された秋76系統(新宿車庫〜新宿駅西口、抜弁天牛込柳町経由〜飯田橋終点(現、都営飯田橋駅)、秋葉原駅東口間)の新宿車庫〜新宿駅西口間が踏襲されています。

同じ時期には、田70系統(新宿駅西口〜信濃町駅、六本木、田町駅南口経由〜港区スポーツセンター間、赤羽橋経由と三ノ橋経由があった)、四80系統(四谷駅前〜赤坂アークヒルズ間、晩年は平日のみの運転だった)も廃止され、支所に格下げされていました。2006(H18)年4月1日から2009(H21)年3月31日までの間は、渋谷自動車営業所新宿分駐所となっていたけど、B,渋谷の表示なのに練馬ナンバーとなっていたこともありました。

都営バスの新宿支所には、C・H01系統が運転されていたことの名残により、移管先の小滝橋営業所と共にCNGノンステップバスが配置されているけど、どちらも営業所(支所)内にCNG充填設備がない為に、都庁にあるCNG充填設備で充填されています。

新宿営業所の時代は、いすゞ車が指定されていたけど、現在は、日野車と三菱ふそう車も加わっています。

早大正門からは、都電の早稲田電停まで歩き、都電を見てからさらに歩いて帰りました。

この日はチアチアのチェキ会が行われていました。

次にさゆ、あやちょ、はるなん、りなりな、佐保ちゃん、ももち、まみたん、しょこりんと握手出来るのはいつになるんだろう?