東武ファンフェスタ、本当は土浦に行きたかった

この日(12月2日)は、東武鉄道南栗橋車両管理区(南栗橋工場)で行われたイベントである東武ファンフェスタに行ってきました。

この時のメインはやはり、東武博物館所有の8111Fで、当日は、東武ファンフェスタ号として東武野田線船橋から、柏、春日部経由で南栗橋へと向かっていました。

前面には、東武ファンフェスタ号の表示に加え、7300,7800系のサボ風のヘッドマークが取り付けられていました。

東武ファンフェスタ号は、東武野田線の春日部〜柏〜船橋間初入線ということで話題となっていました。このチケットも、先月18日の東上線の時と同様に即完売御礼という人気ぶりとなっていました。

東武8000系は、1963(S38)年から1983(S58)年までの20年間に改良を重ねながら712両が製造され、同時期に登場した国鉄→JR103系と並ぶ記録により、私鉄の103系と呼ばれています。

かつて赤羽線(池袋〜赤羽間、現在の埼京線の一部)が4番線(現在の8番線、山手線外回りの始発列車用ホーム)から出ていた時に国鉄赤羽線103系東武東上線の8000系が並ぶシーンも見られていました。

現存する8000系は、ほとんどが更新されて前面スタイルが変わり、東武顔の影が薄くなっていました。

一時期は、東武顔のままLED化された編成もあったことを覚えています。

この8111Fは、1986(S61)年に車体修繕された初期修繕編成で、東武顔、方向幕という8000系らしい姿が維持されていました。

野田線は、2004(H16)年10月に5070系(吊り掛けモーター車)が引退してから8000系が当たり前となっているけど、そのうちの8104F(2009(H21)年3月に廃車となった)が唯一東武顔で異彩を放っていました。

来年には、東武8000系が登場してから50周年を迎えるので盛大に祝いたいと思っています。

このように、クラシックスタイルとも言える8111Fが動態保存されたことはとても嬉しいです。

北千住から春日部まで、東武350系(かつて急行りょうもう号で使われていた1800系から改造された4両編成の車両)の352Fによる臨時特急きりふり275号に乗りました。

300系350系は、1991(H3)年7月に、急行りょうもう号(現在は特急)の200系の導入により余剰となった1800系の9編成のうち4編成から改造された編成として、快速用の6050系が使われていた東武日光線鬼怒川線快速急行から急行への格上げによりデビューしていました。

300系は、1973(S48)年と1979(S54)年に導入された1817Fと1818Fから改造された車両で、301Fは1818Fが、302Fは1817Fが種車で、350系は、1969(S44)年と1979(S54)年に導入された初代1813Fと1816Fから改造された車両で、351Fは1816Fのうちの登場時の4両、353Fは初代1813Fのうちの登場時の4両、352Fは、初代1813Fと1816Fのうちの1979(S54)年に追加導入された中間車が種車となっていました。

300系及び350系への改造は、塗装変更、東武日光線の勾配対策による発電ブレーキ及び抑速ブレーキの取り付け、ヘッドライトの角形化などとなっていました。

な・ん・と、今回乗った352Fは、1979(S54)年に導入された6両化用の中間車から先頭車化及び方転改造された、窓割りや台車が異なっているレアな車両なのでそれに当たって良かったと思っています。中間車のT車にトイレと自動販売機が付いているということで先頭車化改造の決め手となったと思われます。

350系のほうは、2005(H17)年2月28日まで、浅草〜会津田島間の急行南会津号に使われていたことがあったけど、AIZUマウントエクスプレス号の鬼怒川温泉への乗り入れにより廃止され、浅草〜新藤原間の急行ゆのさと号に変更されていました。

ゆのさと号は、2006(H18)年3月18日の特急化と共に不定期化されています。

現在350系の定期運用は、浅草〜東武宇都宮間の特急しもつけ号だけとなっています。

300系のほうは、平日の浅草21時30分発の特急きりふり283号南栗橋行きや夏に運転される尾瀬夜行、冬に運転されるスノーパル(スキー、スノボ客用の夜行列車)として浅草→会津高原尾瀬口間で運転されるけど、夜行列車はどちらも浅草23時55分発(北千住、新越谷、春日部からも乗車可能)となっています。

会津高原には、会津高原たかつえスキー場があり、そのアクセス用としてスノーパルが活用されています。

300系で運転される夜行列車は、最後部の6号車が女性専用車となっています。

今シーズンのスノーパルは、12月29日から3月9日までの金曜日と土曜日、1月13日、2月10日に運転される予定となっています。

300系350系による急行は、2006(H18)年3月18日の改正で特急に格上げされたけど、100系スペーシアと比べて格差があるということで、料金がこれまでの急行並みとなっています。北千住から春日部までは、100系スペーシアだと通常500円となっているのに対し、300系列の場合は常時300円となっていました。

きりふり275号(浅草発東武日光行き)は、途中、北千住、春日部、栃木、新栃木、新鹿沼下今市に停車していました。

300系列の座席は、種車の1800系と同様にリクライニングしない回転クロスシートで、レトロな感じがしました。

東武1800系は、1969(S44)年9月20日に、5310形や5700系の後継ぎ車として、1811〜1816Fの4両編成が伊勢崎線の急行りょうもう号(1999(H11)年3月に特急に格上げ)でデビューしていました。

1973(S48)年に増発用として1817,1818Fの2編成が追加され、1979(S54)年には中間車2両が組み込まれて6両編成化されていました。

1987(S62)年12月には、唯一のマイナーチェンジ車である1819F(今回のイベントで展示されていた車両)が導入され、9編成出揃っていました。こちらは6050系に準じた角形ヘッドライトの採用により変化しています。

1991(H3)年2月1日に後継ぎ車である200系が導入された時に1800系の運用離脱が開始され、1817Fと1818F(1973年に導入された編成)が日光線急行(現在は特急)用として300系に、1813Fと1816Fが300系の4連バージョンである350系(うち352Fは1979年に導入された中間車からの改造)にそれぞれ改造されていました。

1998(H10)年3月までに200系に置き換えられ、この1819Fは最後まで急行りょうもう号で活躍していました。

300系350系に改造されなかった1819F以外の赤い1800系は、運用離脱後、5000系列と共に館林駅構内に疎開留置され、1814Fはそのまま廃車解体となり、1811,1812,1815Fの3編成は、2001(H13)年に中間車2両抜きの4両編成で一般車への格下げ改造(1815Fは2代目1813Fに改番)、トイレ、自動販売機の撤去、座席の固定化)され、2006(H18)年までワンマン化される前の佐野線と小泉線で活躍していました。

こちらは特別料金なしで乗れる乗り得列車となっていたので無くなるのが惜しいと思っていました。

1800系で唯一残った1819Fは、赤色塗装のままで、団臨用として活躍しているけど、ゴールデンウィークの時に臨時快速として日光線で活躍することもあります。臨時快速の場合は、特別料金不要の自由席となっているし。

自分は2006年11月19日と2009年5月3日の2回この1819Fに乗ったことがあります。

今年は、りょうもう号の表示で展示されていたので、一昨年9月に運転されていたミステリー列車を思い出しました。

今年の東武ファンフェスタは、先月18日に森林公園検修区で行われた東上線ファミリーイベントと同様に大盛況、大収穫の状態でした。

このイベントの撮影コーナーで展示されていた車両は、8000系の8111F(動態保存車)、8148F(野田線所属)、1800系1819F、100系スペーシア粋編成、250系りょうもう、10000系11601F、30000系31402Fでした。

100系スペーシア粋編成、250系りょうもうには、11月21日にリニューアルオープンした浅草エキミセ。の記念ステッカーが貼られていました。

10000系11601Fには、船橋東武開店35周年、30000系31402Fには、ぐんまちゃんのキャンペーンステッカーが貼られていたし。

8148Fは、8000系の8148Fで、行先表示が清水公園となっていました。

清水公園行きは、2007(H19)年3月10日の改正で廃止されていたので、この表示を撮影することが出来て良かったと思っています。

現在東武野田線では、8000系の更新車(6050系に準じた前面スタイル)が当たり前となっており、その中でもトップナンバーの8101Fも含まれています。

野田線の8000系は、1977(S52)年に登場し、1983(S58)年に7800系の改造車である5050系・5070系の導入により一旦運用から離れ、1988(S63)年に2080系(日比谷線直通で活躍していた2000系(最後までセイジクリーム塗装で残った車両)の中間車から改造された車両)の導入まで吊り掛けモーター車オンリーに戻っていました。

1989(H元)年からは、本線系統や東上線系統への10030系導入により捻出された8000系が再び配置されるようになり、2004(H16)年までの間に3000系列、5000系列、2080系が置き換えられて、8000系に統一されていました。

非冷房、3ドア18m車だった3000系列や2080系が野田線から撤退したのは、1992(H4)年12月のことで、20m4ドアの冷房車に統一されていました。

2080系は、2編成12両あったけど、非冷房、3ドア18mであったことが仇となって改造から4年で種車の2000系(翌年の1993(H5)年8月に全廃)よりも先に廃車となっていました。

8000系は、伊勢崎線の浅草〜館林間、日光線東武動物公園南栗橋間での定期運用もあったけど、やはり30000系の転用により撤退していました。

野田線では、来年には新型の60000系(50000系列の野田線バージョン)が2編成導入される予定で、1944(S19)年3月1日に総武鉄道東武鉄道に吸収合併以来初めての新車導入ということになります。

野田線の変電所が回生ブレーキ車両に対応していなかった為に新車導入が遅れていた原因となっていました。

東上線を含めたワンマン改造車以外の8000系の撮影・乗車はお早めに。

この時に8111Fとの並びで撮影することが出来て良かったです。

東武8000系が、修繕工事等によって40年以上も長持ちしているということは素晴らしいと思います。

この時には、青森県出身の鉄道アイドルの伊藤桃氏、東武博物館名誉館長の花上嘉成氏と鉄道ジャーナリストの史絵.氏のトークショーも行われていました。この時に花上名誉館長さんと史絵.さんの握手会にも参加することが出来て良かったです。

南栗橋工場では、入場中の6050系の6157F、10030系の11632F、8000系の8505F(東上線系統所属の2連で秩父鉄道のATS付)、800系803Fを見ることが出来ました。8505Fの行先表示は、以前使われていた矢印式で池袋⇔志木となっていました。こちらは8111Fの本線系統への返却と共に検査入場したことになります。

10030系の11632Fでは、恒例の車体吊り上げの実演で使われていました。

行きも帰りも東武バスセントラルによる無料シャトルバスに乗りました。こちらのシャトルバスでは、春日部ナンバーのほか、足立ナンバーの車両も応援に入っていました。車両は全ていすゞとなっていたけど、一部には富士重工の車体も含まれていました。

富士重工業鉄道車両事業は、気動車中心で、栃木県宇都宮市の宇都宮車両工場(現在のエコ宇都宮工場)で製造され、JR日光線鶴田駅から甲種輸送されていました。

2003(H15)年2月をもって、同年3月のバス車体架装事業と同様に撤退していたけど、最後に製造された気動車は、2002(H14)年に導入された真岡鐵道のモオカ14形の1号車と2号車でした。

富士重工業での電車製造は、東武鉄道向けがメインで、1999(H11)年に導入された30000系の31406F(現在でも半蔵門線直通で運用中)が最後となっていました。

現在富士重工業は、レガシィインプレッサなどのスバルブランドの乗用車(スバル自動車部門)が主力となっています。

この時には、北島商店(肉のきたじま)のメンチカツを食べることが出来ました。

入場記念品は、8111Fがデザインされたティッシュケースでした。

帰りは南栗橋から北千住まで、東急8500系の8615Fで移動しました。

北千住では、来年3月に廃止される予定の日比谷線の北千住発菊名行きの東横線直通の東京メトロ03系03-134F、小田急60000形MSE車の60251Fによる小田原発北千住行きのメトロもみじ号を撮影しました。

日比谷線直通が廃止されれば、中目黒行きばかりでつまらなくなってしまうけど、直通利用客の減少や、3ドア18m車ということがネックとなり、副都心線との直通運転開始と入れ替わりに東横線からの日比谷線直通を廃止せざるを得なくなってしまったのが現状であります。

北千住到着時にすぐに回送の表示になるかと思っていたけど、北千住発車時までメトロもみじの表示となっていたのが嬉しかったです。北千住からは綾瀬駅の留置線まで回送され、ここから喜多見車両基地まで返却回送されていました。

北千住から町屋まで千代田線で移動し、都電の写真コンテストの作品を見ました。

町屋駅前から8503号車(めろ電)で帰った時に熊野前駅付近のクリスマスイルミネーションが気になったので途中下車して撮影しました。

この後7029号車に乗って帰りました。7029号車で帰れたのは良かったけど、7016,7018,8502号車に乗る前に荒川車庫に入庫された為に乗ることが出来ない状態が未だに続いているよ!
本当に、肝心な時の都電の撮影で失敗し、撮ウェーになってばかりだよ!

この日はイオンモール土浦でスマイレージの「寒いね。」の発売記念イベントが行われていたけど、遠いだけでなく土浦駅からバスに乗って行かなければならないということで断念してしまいました。

スマイレージの寒いね。の発売記念イベントは、今月1日にTHE ポッシボーのライブの昼の部に参戦した絡みで同日のお台場のメガウェブでの3回目しか参戦することが出来なかったよ!こちらは握手会のループで穴埋めとなったけど、本当は2日のイオンモール土浦でのイベントにも行きたかったよ!

この日もモーニング娘。のメンバーは、名古屋の栄にある愛知県芸術劇場大ホールでの秋ツアーに出演していました。

次にさゆやあやちょと握手出来るのはいつになるんだろう?