秩父鉄道1001Fのラストラン

この日(10月12日)は、秩父から三峰口までと、三峰口から熊谷まで、秩父鉄道1000系(元国鉄→JR101系)の1001F(スカイブルー塗装)+1010F(従来塗装)の重連によるさよなら1001F臨時列車に乗りました。

この臨時列車は、かつて京浜東北線を走っていた国鉄101系の塗装がイメージされたスカイブルーの1001Fの引退を記念して運転された臨時列車で、往復共に主役となった1001Fが前に連結されていました。三峰口到着後、一旦切り離されて、3つ並びの撮影会が行われ、その後に再び6連となり、この時も1001Fが前に来ていました。

この列車は、普段見ることが出来ない3+3の6両編成で、途中停車駅は、寄居、長瀞秩父のみと、SLパレオエクスプレスの停車駅である武川、皆野、御花畑の各駅に止まらなかったという前代未聞の臨時列車となっていました。

昨年12月8日に運転された1007F(黄色と茶色のデビュー当時の塗装)のラストランの時は、単独により運転され、途中武川、寄居、野上、長瀞、皆野、秩父御花畑影森駅(急行秩父路号と同じ停車駅)に停車していました。

今回の臨時列車が重連で運転された理由は、混雑緩和であることに加え、8月17日と31日に運転された1001F+1003F(2代目オレンジバーミリオン塗装)による貸切ツアーでの重連が好評だったからだと思われます。

秩父鉄道の6両編成と言えば、かつて東武8000系の6両編成(イベント専用車となっている8111Fを含む)によって運転されていた東上線池袋駅からの直通列車を思い出しました。

行きは、西武線経由で秩父入りしていたので、御花畑に止まらなかった為に、御花畑から秩父まで移動し、秩父からこの臨時列車に乗ったのであります。

三峰口駅では、最後の1000系3つ並びの撮影会が行われていたけど、3編成共に1001Fの惜別ヘッドマークが取り付けられていました。

1000系の国電リバイバル塗装は、2007(H19)年10月14日の鉄道博物館(同じ埼玉県にある)の開館記念として、1001F(スカイブルー塗装)、1011F(初代オレンジバーミリオン塗装、2010(H22)年3月に廃車された)、1012F(カナリアイエロー塗装、同年12月に廃車された)が登場していました。今回の1001Fの廃車により、これらの3編成が全廃されたことになります。

一昨年2月19日までは、ウグイス色(関西線塗装)の1009Fもありました。

秩父鉄道のさよなら臨時列車の追っ掛けは、流鉄の元西武車のように毎回行った訳ではなく、前回の1007Fから行ったことになりました。

三峰口駅では、山並みの風景をバックに撮影することが出来ました。

秩父鉄道三峰口駅構内で行われた、秩父鉄道の1000系(元国鉄→JR101系)1001Fのさよならイベントでは、主役となったスカイブルーの1001F、オレンジバーミリオンの1003F、秩鉄オリジナルカラーの1010Fによる3つ並び撮影会が行われていました。

その撮影会スペースは、1001Fの乗車証明書が必要だったので、入ることが出来て良かったです。

1001+1010Fによる臨時列車が三峰口に到着した後、切り離されて、オレンジ色の1003Fの横に並べられていました。

この時には、1001Fと1010Fはもちろんのこと、オレンジバーミリオンの1003Fにもヘッドマークが付いていたし、三峰口寄りの先頭車は前パンタとなっているから良い感じで撮影することが出来ました。

秩父鉄道の1001Fは、1986(S61)年3月に、国鉄101系のクモハ100-117+モハ101-100+クハ101-58号車から改造されたトップナンバーで、国鉄時代末期は中野電車区(西カノ)に配置されていました。現在中野電車区は、車両の配置が三鷹電車区三鷹車両センターに移管された為に留置線となっています。

秩父鉄道入りした当時は、黄色に茶帯の先代オリジナルカラーで、昨年12月8日をもってラストランを迎えていた1007Fでリバイバルされていました。

2003(H15)年11月28日に、南武支線(浜川崎支線)から101系のワンマン改造車が定期運用から離脱し、本家JRから全廃となってから間もなく10年となるけど、来年3月までの間に、秩父鉄道から元JR101系から改造された1000系が引退の時を迎えることになります。

この1001Fの運用離脱により、1003Fと1010Fの2編成だけとなってしまったけど、さよなら運転が事故やトラブルなしで行われることを願っています。

反対側(熊谷、羽生寄り)で、1001Fには、51B、桜木町、1003Fには、65T、高尾と、かつての国電時代を彷彿とさせるステッカーが貼られていました。

国電リバイバルカラーはもちろんのこと、秩鉄オリジナルカラー(白に青と赤の帯の塗装)も似合っている状態だけど、こちらも来年3月までの間に見納めとなってしまいます。

1010Fは、1989(H元)年に、国鉄JR東日本で活躍していたクモハ100-160,モハ101-208,クハ101-73号車から改造された車両で、JR時代の末期は、既に廃車となった1012Fと同じカナリアイエロー塗装で、中央・総武緩行線(習志野電車区(千ラシ、現、習志野運輸区)所属)で活躍していました。

中央・総武緩行線の101系がラストランを迎えていたのは、1988(S63)年11月のことで、当時は、三鷹電車区(現、三鷹車両センター)は201系(後に205系も加わっていた)、習志野電車区(旧津田沼電車区(千ツヌ))は103系と分けられていたので、101系が、山手線から転用された103系に置き換えられていました。

1000系のモーター音は、101系時代から受け継がれているMT46サウンドで、聞けなくなる時が近づいてきています。

お気に入りの点は、昔ながらのブタ鼻型(豚の鼻のような形)のヘッドライトであり、103系の初期型にも採用されていました。

1000系が導入されたのは、1986(S61)年から1989(H元)年までの間で、国鉄時代またはJR時代(1987(S62)年4月1日以降)に譲受された車両に分かれています。

1000系によって置き換えられた車両は、100形(荷物室付きの最後の茶色塗装の電車で、そのうちのデハ107+クハニ29号車は三峰口駅構内にある秩父鉄道車両公園で静態保存されている)と、800形(元小田急電鉄1800形)で、どちらも秩父鉄道で最後の吊り掛けモーター車となっていました。

1000系のうち、2009(H21)年3月に秩鉄オリジナルカラーのままで廃車となった1006Fのうちのデハ1006号車とデハ1106号車は、武蔵野線が1973(S48)年4月1日に府中本町〜新松戸間が開業した時から使われていた101系1000番台(武蔵野線の西国分寺〜新秋津間の二大トンネル区間対策に伴う難燃化のA基準を満たす為に初期型の101系から改造された車両)で、そのうちのクモハ100-1013号車とモハ101-1013号車から再改造された秩父鉄道の1000系で最古参の車両となっていました。

武蔵野線から101系1000番台が引退したのは、1986(S61)年10月26日と、国鉄最後のダイヤ改正前で、前述の2両がその後に秩父鉄道に譲渡されていました。

1986(S61)年3月3日には、当時6両編成だった武蔵野線の車両が1996(H8)年12月のオール8両化までの間に青梅線五日市線で共通運用となり、101系1000番台も青梅線五日市線でも活躍していました。

このように、元国鉄→JR101系から改造された秩父鉄道1000系が、101系時代を含めて50年以上の長寿記録を誇っているのは素晴らしいと思います。

行きは、椎名町から西武線経由で西武秩父まで行ったけど、横瀬では、西武3000系の3003Fが解体待ちで置かれていました。

三峰口から熊谷まで、1001+1010Fによる臨時電車に乗った時、寄居駅で長時間停車していたので、撮影を行いました。

寄居駅は、秩父鉄道東武東上線、JR八高線(高麗川〜倉賀野(高崎)間の非電化区間八高北線)が乗り入れる駅で、全て秩父鉄道による管理となっています。

1992(H4)年3月31日までは、東武東上線秩父鉄道上長瀞または三峰口への直通運転が行われていたけど、廃止された理由は、秩父鉄道にATSが導入されたこと、6両編成で輸送力が過剰となること、西武線との直通運転が行われたことなどであります。

昔は、国鉄→JR高崎線上野駅からの直通もあったけど、こちらもやはり2001(H13)年をもって廃止されていました。

東武東上線との直通運転が廃止された1992(H4)年4月1日には、西武線との直通列車の長瀞方面の列車が寄居まで延長されていたけど、2007(H19)年3月6日の改正で長瀞発着に戻されています。

東武東上線と本線系統との車両の入れ替えは、秩父鉄道の羽生〜寄居間を介して行われるけど、この区間では、秩鉄ATS付きの8505Fか8506Fによる牽引となっています。

寄居駅の改札は、3社共同で使われており、2008(H20)年6月14日の改正までは、東上線専用の自動改札機が1機ありました。

現在は全てSuicaPASMOなどの簡易タッチ機による対応となっているし。

寄居駅のホームは、南側の1,2番線が東武東上線(池袋方面へは全て小川町で乗り換え)、中央の3,4番線が秩父鉄道線、北側の5,6番線がJR八高線となっています。

秩父鉄道で羽生〜熊谷〜寄居間は、田園風景で、寄居駅を出ると荒川渓谷沿いの秩父の山並みの風景に変わって行くことになります。このような景色も秩父鉄道に乗る楽しみであります。かつて101系が活躍していた青梅線の青梅〜奥多摩間もこのような感じだし。

熊谷貨物ターミナル駅から武川駅までの間には、三ヶ尻線という貨物支線があり、その途中に三ヶ尻駅があります。その周辺には太平洋セメント(旧、秩父セメント秩父小野田)の熊谷工場があり、専用線もあります。

秩父鉄道石灰石(セメントの原料)輸送は、沿線の影森駅武州原谷駅(和銅黒谷大野原間にある貨物専用駅)からここまで運ばれています。

三ヶ尻線は、熊谷貨物ターミナルから寄居または羽生まで、東武の新造車の輸送としても使われているけど、以前本線系統の車両の受け渡しは、東鷲宮で行われていました。

今回の秩父鉄道1001Fのラストランは、行った甲斐がありました。

この日(10月12日)は、アップアップガールズ(仮)のモリサキちゃんこと森咲樹氏の20回目の誕生日でした。おめでとうございます

この日のモーニング娘。は、大阪メルパルクホールでの新曲発売記念の選民イベントに出演していました。やはりさゆとの握手は程遠いです。

この日は土曜出勤だったので、またしても三連休らしい三連休がお預けとなってしまいました。次に三連休らしい三連休を迎えるまで、電車やバスの車内で真野ちゃんこと真野恵里菜氏の曲を聴くことを休止させます。

次にさゆ、あやちょ、はるなん、りなりな、佐保ちゃん、まみたん、しょこりんと握手出来るのはいつになるんだろう?